地方自治改革の歴史

地方自治改革の歴史

こんにちは!もりみずきです。

今回は、そもそもどのようにして日本に地方自治体ができていったかを詳しく説明したいと思います。

*このページは主にhttps://www.soumu.go.jp/main_sosiki/jichi_gyousei/bunken/history.htmlhttps://sekainorekisi.com/japanese_history/%E5%B9%95%E8%97%A9%E4%BD%93%E5%88%B6/を参考にして書いていこうと思います。

幕藩体制

そもそも、「日本」ができるまでは、それぞれの地域が今で言う「国」として存在していました。例えば、弥生時代まで遡ると、日本の西側には邪馬台国がありました。

江戸時代の徳川家光が第3代将軍になるまでには、将軍と大名の主従関係が出来上がりました。そして、将軍が幕府、大名がそれぞれの藩を統治し始めました。このような統治の体制のことを幕藩体制といいます。

後には、武家諸法度が誕生し、大名は自分の藩の中でしか権威を発揮できないようになりました。

しかし、18世紀には米屋の打ちこわしなど、民衆による大名らに対しての反発が見られるようになります。また、19世紀頃から、外国という敵が増え、幕藩制度自体が揺らいでいきます。

廃藩置県

1867年、とうとう幕府は消滅してしまいます。そして、王政復古の大号令により、薩摩・長州・公家の一部を中心とした新政府ができます。翌年から、太政官制という新政府の形式が成立し、五箇条の御誓文によって天皇を中心とした体制が完成しました。この年から年号は明治に変わります。

1869年には、版籍奉還によって、大名が形式的に領地・領民を天皇に返還しました。

そして、1871年(明治4年)に全ての藩が廃止され、全国に3府302県が設置される廃藩置県が政府によって断行されました。各府県には、新たに府知事、県令が中央政府により任命されました。

これによって中央集権国家が成立し、全国は統一的に支配されるようになりました。

明治維新 - Wikipedia

地方自治体の成り立ち

1878年には、三新法が制定され、府県のもとに郡市町村が設置され、郡長、区長、戸長が配置されるなどしました。また、府県会規則により府県には府県会が設置され、公選議員が地方税で経費などをどう徴収するかなどの議決権を持つようになりました。

1888年に制定された市制町村制では、市町村に独立した法人格が認められました。

大日本帝国憲法発布後には、府県制と郡制が制定され、府県郡は国の行政機関としてではなく、地方公共団体として機能するようになりました。(後に地方公共団体としての郡は廃止され、国の行政機関となります。)

東京都に関しては、1943年に東京府・東京市・区が廃止され、東京都が設置されました。

日本国憲法が発布されたあとは、地方自治法が制定されました。地方自治法はその後何度も改正されていますが、現在もそれにしたがって地方自治体は機能しています。

地方自治法の内容はこちらから!

最後に

いかがでしたか?

廃藩置県などについては知っていたけれど、市町村や東京都の成り立ちまでのプロセスについては知らなった人が多いのでは無いのでしょうか?

あなたの属する自治体についてもぜひ調べてみてください!!!

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