なぜ「学生団体」と「学生」の相性が悪いのか|学生団体とは何か

なぜ「学生団体」と「学生」の相性が悪いのか|学生団体とは何か

こんにちは、学生団体ivote代表の正生です。

皆さんは学生団体という言葉に違和感を感じませんか?私は学生団体の代表を務めながら、その違和感に苛まれたことがあります。

結論を先取りしてしまうとそれは、学生団体における“答え”を持って前に進めていく態度と、学問における“答え”らしきものに疑ってかかる態度との摩擦でした。

私の中での“学生団体観”もっといえば“社会活動観”と“学問観”を言語化してこの違和感の整理をしました。

そうは言っても、執筆当時学部3年生。至らない点も多々あると存じます。ご笑覧ください。

学生団体とは何か

みなさん、学生団体とはどのようなものだと思いますか??学生団体と聞かれた時の印象は様々だと思います。

およそ半世紀前の学生団体と言えば、しばしば特定のイデオロギー(特に左翼的運動)と結びつけられるものでした。一方で今日の多くの学生団体はそのような政治的な主張とはキョリを置くように思われます。

目的は実に多様です。例えば、「学びを深め合う」「大学を超えたコミュニティを作る」「発展途上国に貢献をする」などなど

そこで学生団体の定義を試みました。

学生団体とは?

ーー「何らかの社会的な目的を共通して持った学生の集団」

学生団体が学生により組織されるのは当然です。更に共通の目標は必要な条件でしょう。

しかし、それだけでは大学で集まるようなサークルとの差別化が出来ていません。サークルと学生団体は完全には分けられませんが、ある程度印象の違いがありますよね。

学生団体の特徴は共通の目的が、社会的なビジョンを伴っていることです。純粋に楽しむだけではなく、社会との関りの中で目指したい社会を持っている集団がしばしば“学生団体”の冠を掲げます。

学生団体ivoteも例外なく「社会的なビジョン」を持って、行動していると言えるでしょう。

学問とは何か

さて「社会的なビジョン」は、言い換えれば目指したい社会の理想像です。例えば弊団体では、「若者と政治のキョリが近い社会」を掲げて若者の投票率の向上や主権者意識の向上を目指しています。

このビジョンは、いつ・どこの・誰が 見ても正しいでしょうか。必ずしもそうではありません。

ここには、「民主主義が理想の政治体制か」「投票に行けばそれで良いのか」「ポピュリズムの危険性」「選挙そのものが悪ではないか」「若者政策が求められる根拠は」「投票は公務か」「低い投票率はただの満足の現れではないか」「国家自体への懐疑」

などなど様々な論点が見出せば見出すほど存在します。いささかこじ付けのように思われたかも知れません。しかし、価値観が時代や環境によって変化するなかで、ビジョンやアクションが客観的に正しいかのように妄信するのは危険です。究極的にはどのような問いも、ありえてしかるべきなのです。

自分の行いに「本当にそうか?」と問い続けることが必要です。そう考えると「何も客観的に正しいことはない」と行きつくはずです。

もしくは「本当に自分が絶対的に正しいと思える何か」が見つかる可能性も否定はできません。幸せですが、一種の危険性をはらんでいます。

しかし自分がまだ問いの中にいる以上は、“掲げたビジョン”は、様々な前提条件の上で決めてしまったものに過ぎないとなります。

決めてしまったに過ぎない以上は、常に検討を続ける必要があります。モノゴトを相対化すること。客観的になろうとする試みが必要です。それが学問ではないでしょうか。

学生団体と学問の関係について

一方で、行動する学生団体で活動するにはビジョン=一種の“答え”が求められます。

何も行動せずに、傍観者であれと言っているわけではありません。それではあらゆる社会課題がそのままになってしまいます。

学生団体として、“答え”を決めてしまう力も尊重されるべきだと思います。

学問が問いを立ててモノゴトを無限に広げていくとするならば、学生団体のビジョンは、前提における暫定解の決定です。

広げて体系立てていく学問と、決めて前に進む学生団体。問いを持つ学問と答えを持つ学生団体。このような意味では両者の属性は同じではありません。

一方で、この2つが両立できる意味では相性が悪いとは言えません。むしろ、相乗効果を発揮するはずです。

危険性は、学問が学生団体の正当化に使えわれる時に生じます。学問は学生団体を正当化するのではなく、常にその正当性を確かめながら批評するべきではないでしょうか。

学生団体と学生のバランス

私は学生団体としての自分と、学生としての自分は分離して考えたいと思います。

学生団体として、明確のビジョンを持ってモノゴトを前進させる自分

学生として、そのビジョンを常に相対化する自分

2つの自分を両立させることが大切です。

常に自分を疑い続けることは苦しいですが、徹底的に自己検証した結果現れる、「それでも」という意志は一層説得力を増すはずです。

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